※この物語は、小規模製造業で実際によくある課題や経験をもとに再構成したフィクションです。
前回まで:ECはやめる、展示会は目的を変える、ホームページは書き直す。「相手が知りたいことを書くんだ」と自分に言い聞かせて、恒一は原稿を書き上げ、あの友人に見せることにした。(第11話を読む)
一週間かけて、ホームページの文章を書き上げた。
相手が知りたいことを書く。
そう決めて、書いたつもりだった。
試作の段階から相談に乗れること。図面の不備に先回りで気づくこと。緊急の対応に強いこと。三十五年分の記録。品質。設備。社員たちのこと。
どれも、相手が知りたいはずのことだ。
書き始めると、どれも必要に思えてきた。
一つ残せば、もう一つも残したくなる。
書き終えた文章を見て、我ながらいい出来だと思った。
印刷した原稿を持って、友人に会いに行った。
友人は、しばらく黙って読んでいた。
「うーん……」
嫌な間だった。
あの日と、同じ間だ。
「言いたいことは、前より分かるよ。でも……全部盛り込んであって、正直、まだどこの会社とも同じに見える」
二度目だった。
「全部、本当のことなんだよ」
思わず、声が出た。
「実際にやってきたことばかりなんだ」
「嘘だとは思ってないよ」
友人は原稿を机に置いた。
「でもさ、読み終わって、何の会社か一言で言えって言われたら……ごめん、言えないわ」
何も返せなかった。
帰りの車で、何度も考えた。
分かっていたはずだった。
相手が知りたいことを書くと、自分で決めていた。
でも、書き始めたら、どれもこれも「相手が知りたいはず」に見えた。
結局、何一つ捨てられなかったんだ。
気づいていたのに、できなかった。
その夜、事務所で原稿を広げ、赤ペンを持った。
削ろうとすると、手が止まる。
三十五年分の記録の話を消しかけては、あの分厚いファイルが浮かぶ。
緊急対応の話を消しかけては、現場の顔が浮かぶ。
どの一行にも、誰かの仕事が乗っている。
消すのは、それをなかったことにするようで、怖かった。
ペンを置いて、目をつぶる。
ふと、ラーメン屋の頃を思い出した。
開店してしばらく、メニューを増やし続けた時期があった。
醤油も、味噌も、塩も、つけ麺も。
どれもそれなりに売れて、でも、どれも一番にはならなかった。
思い切ってメニューを醬油ラーメンと期間限定ラーメンにした日のことも、覚えている。
常連さんに叱られるんじゃないかと、前の晚は眠れなかった。
でも、逆だった。
メニューを減らしてから、「ここは醤油ラーメンの店」と覚えてもらえるようになった。
あの時も、怖かったんだ。
削るのは二度目でも怖い。
でも、削った先に何があるかは、一度見たことがある。
翌日の夜、もう一度赤ペンを持った。
文章を消す前に、自分のノートを開く。
「利益が残る取引先は、試作の段階から相談してくれる相手だった」
自分の文字に、覚悟が決まった。
そうだ、あの相手に届く言葉だけを残せばいい。
基準は、一つだけにした。
「図面が固まる前から相談できる会社だ」と伝わるか、どうか。
試作段階の相談の話は、残す。図面の先回り確認の話も、残す。
三十五年分の記録は、品質の裏付けとして一行だけ。
設備の一覧は、別ページへ。「何でもできます」は、全部消す。
書き終えた原稿は、最初の半分以下になっていた。
消した言葉の一つひとつが、まだ胸のどこかで疼いている。
気づくことと、できることは、別なんだ。
それでも残った言葉は、初めて「図面が固まる前から相談したい会社」として、伝えられる言葉に思えた。
もう一度、友人に見てもらおう。
今度は「何の会社か」は伝わる気がした。
けれど、それで仕事が来る保証は、どこにもない。
来月には、あの三割減が現実になる。
今日の主人公のノート
□ 分かったこと
・気づくことと、できることは別。削るのは、分かっていても怖い
・残す基準は一つでいい。「図面が固まる前から相談できる会社だ」と伝わるかどうか
□ まだ分からないこと
・削ったホームページが、本当にあの相手に届くのか
□ 次にやること
・書き直した原稿を、もう一度友人に見てもらう
次回予告
そして、発注が三割減る月がやってきます。売上は、実際に落ちました。それでも——。次回、最終話です。
▶ 最終話(第13話):発注が三割減った月、初めて「選ばれた理由が分かる仕事」が入った
運営者の実体験はこちら
私も、伝えたいことを盛り込むほど、提案が刺さらなくなる経験をしました。良かれと思って足した情報が、かえって相手の判断を難しくしていたのです。
何を残すかの答えは、自分の中ではなく、相手の理解の中にしかありませんでした。提案が刺さらなかった原因を振り返った記事はこちらです。
▶ 実績記事:提案が刺さらない原因は、商品ではなく顧客理解にあった
あなたの経験をお聞かせください
あなたは、ホームページや会社案内・提案書から、何かを「削る」決断をしたことはありますか。
削って伝わりやすくなった経験も、怖くて削れなかった経験も、ぜひ聞かせてください。

