※この物語は、小規模製造業で実際によくある課題や経験をもとに再構成したフィクションです。
「来月から、御社への発注を三割ほど減らさせていただきます」
応接室のテーブルの向こうで、担当者は手元の資料から顔を上げずにそう言った。
一瞬、意味が分からなかった。
三割減。
うちの売上の七割は、この会社からの仕事だ。
その三割が消えるということは、会社全体の売上の二割が、来月からなくなるということになる。
頭の中で計算が終わる前に、口が動いていた。
「あの、それは……理由をうかがってもいいですか」
「製造の一部を、海外拠点に移すことになりまして。本社の決定です」
担当者は数か月前に代わったばかりの、若い人だった。
前任の方なら、こういう話をするとき、もう少し違う顔をしただろうと思う。
いや、そもそも前任の方なら、もっと早く教えてくれていたかもしれない。
「せめて、もう少し時間をいただくことはできませんか。来月からというのは、あまりに急で」
「決まったことですので」
「一部だけでも、残していただくわけには」
「決まったことですので」
同じ言葉が、同じ調子で返ってくる。
それ以上、何を言えばいいのか分からなかった。
気がつくと、私は駐車場に立っていた。
追い出されたわけではない。でも、追い出されたのと同じだった。
車に乗り込んで、エンジンをかける。
来月から、売上の三割が消える……。
社員は二十人。全員に家族がいる。銀行への返済もある。
数字だけが頭の中をぐるぐる回って、肝心の「どうするか」が何も浮かばない。
このままではだめだ。それは分かっている。
でも、今までやってきたことは、どれもうまくいかなかった。
一体、何をどうすればいいんだ。
考えごとをしながら国道を走っていると、少し先にラーメン屋の看板が見えた。
そういえば、朝から何も食べていなかった。
店に入ると、昼時を少し過ぎているからか、客はまばらだった。
壁のメニューには、醤油、味噌、塩、豚骨、つけ麺、まぜそば、期間限定のラーメン。
ずいぶん色々ある。
どれがこの店のおすすめなのか……。
迷った末に、いちばん上にあった醤油ラーメンを頼んだ。
出てきたラーメンは、見た目も味も普通だった。
「一回でいいな」
さっと食べて、会計を済ませて、店を出た。
車に戻って、シートに背中を預ける。
行き先は会社しかないのに、すぐにエンジンをかける気になれなかった。
父から青葉精機を継いで、五年になる。
この五年、思いつくことは何でもやってきた。
誰かに「これがいいですよ」と言われれば、「とりあえず、やってみるか」と動いてきた。
それが今こうなっている。
頑張ってきたはずなんだけどな。
何が、間違ってたんだろう。
フロントガラスの向こうで、さっきのラーメン屋ののぼりが風に揺れていた。
いつもなら、ここで「とりあえず」の続きが出てくる。
とりあえず営業先を増やそう。とりあえずホームページを直そう。とりあえず──。
その日は、何も出てこなかった。
何を、どうすればいいんだ。
今日の主人公の頭の中
□ 分かったこと
・発注が三割減る
□ 分からないこと
・何をすればいいのか
□ 今の気持ち
・焦り
・不安
・何から考えればいいか分からない
次回予告
次回、会社に戻った恒一を待っていたのは、経理を任せている妻の一言でした。
「このホームページとEC、あと展示会って……本当に続けるの?」
▶ 第2話:5年間やってきたことを、一日で否定された
あなたの経験をお聞かせください
あなたの会社で、来月から売上の二割が消えると分かったら、最初に何をしますか。
そして、もし同じような経験をされたことがあれば、そのとき何から手をつけたか、ぜひ聞かせてください。

