※この物語は、小規模製造業で実際によくある課題や経験をもとに再構成したフィクションです。
前回まで:基準を一つに絞り、ホームページの原稿を半分以下に削った恒一。「気づくことと、できることは別」を噛みしめながら、書き直した原稿をもう一度友人に見せることにした。(第12話を読む)
削った原稿を、友人に見せた。
友人は一枚目を読んで止まり、二枚目をじっくりと読み終えて、顔を上げた。
「要するに、図面が固まる前から相談に乗ってくれる会社、ってことだろ?」
分かってくれた。一言で。
「少なくとも、どこかで見た気はしないよ」
大げさに喜ぶような話ではないのかもしれない。
でも、五年やってきて初めて、うちが「何の会社か」が、言葉になって返ってきた。
そして――その月が、来た。
発注が三割減る月だ。
月末、妻とふたりで数字を締めた。
売上は覚悟していたとおりに、落ちた。
魔法は起きない。
考えてきたからといって、消えた発注が戻ってくるわけじゃない。
主要取引先の新しい担当者からは、あれ以来、事務的な連絡しか来ない。
でも、ゼロではなかった。
芽が、ふたつ。
一つは、強みに気づかせてくれた担当者。
「例の件、まだ図面の前の段階なんですが、一度相談に乗ってもらえませんか」
もう一つは、書き直したホームページから、一本の電話があった。
どちらも、小さな仕事になった。
金額にすれば、失った三割には遠く及ばない。
それでも、この二つは今までの仕事と決定的に違った。
なぜうちに来たのか、説明できる。
初めての「選ばれた理由が分かる仕事」だった。
工場では、もっと静かな変化が起きていた。
受けない仕事の基準ができてから、突発の駆け込みが減って、現場の空気が変わった。
「これなら、若手に教える時間が取れます」
ベテランの職人が、ぽつりと言った。
「場当たり的な対応に、現場は疲弊している」
一年前、そう言った人が、だ。
ある夕方、届け物の帰りに、あのラーメン屋の前を通った。
のれんの前で、少しだけ足を止めた。
何でもあるけれど、何がおすすめか分からない店。
あの日、発注減を告げられた帰りに寄った、「一回でいいな」と思った店。
一年前のうちは、この店と同じだった。
今は、言える。
うちは、図面が固まる前から相談できる試作の会社だ。
事務所に戻って、ノートを開いた。
最初のページには、あの夜の三つの問題がある。
新規が増えない。利益が少ない。売上が三割減る。
前なら良かったことだけを書いていたが、今は変わっていないことを、先に書いておく。
主要取引先の三割は、戻っていない。
売上も、まだ回復していない。
妻には、経理も現場の手伝いも、負担をかけたままだ。
悩みがなくなったわけでもない。
むしろ、新しい悩みは増え続けている。
それでも、一つだけ、はっきり変わったことがある。
「何をすればいいか分からない」
あの状態には、もう戻らない。
何が問題で、なぜそうなっていて、次に何を確かめればいいか。
考える順番を、この一年で手に入れた。
「とりあえずやってみるか」が今は、「まず、考えよう」
ノートの新しいページに、書いてみる。
「良い会社とは、何だろう」
今日の答えは、書ける。
選ばれている理由を、自分の言葉で言える会社。
でも、五年後には、違う答えを書いているかもしれない。
それで、いいんだと思う。
私は今日も、ノートの続きを書いていく。
あなたなら、今日のページに何を書くだろう。
今日の主人公のノート
□ 変わらなかったこと
・主要取引先の三割は戻らない。売上もまだ回復していない
・悩みはなくならない。新しい悩みは増え続ける
□ 変わったこと
・「何をすればいいか分からない」には戻らない。考える順番を手に入れた
・選ばれた理由を説明できる仕事が、初めて入った
□ 次にやること
・考え続ける。このノートの続きを書いていく
この物語を最初から読む
発注三割減の宣告から始まった恒一の一年間は、これでひと区切りです。最初から読み直すと、同じ場面が違って見えるかもしれません。
運営者の実体験はこちら
恒一の一年は、きれいな成功では終わりませんでした。私の現場の経験も同じです。手応えを感じたのに本発注につながらなかった、サンプル販売の失敗があります。
それでも失敗の記録を残しているのは、そこから次の判断が生まれたからです。恒一と同じように、私もまだ途中経過の中にいます。
▶ 実績記事:渡して終わり。サンプル販売で本発注につながらなかった失敗
あなたの経験をお聞かせください
最終話の問いは、この物語全体の問いでもあります。あなたの会社が選ばれている理由を、言葉にできますか。
言葉にできた方も、まだ探している途中だという方も、ぜひ聞かせてください。あなたの経験が、同じ場所で立ち止まっている経営者の一歩になります。

