※この物語は、小規模製造業で実際によくある課題や経験をもとに再構成したフィクションです。
前回まで:社員一人ひとりの話から、うちが選ばれてきた理由が見つかった。強みは新しく作るものではなく、すでにあった。恒一は次に、その強みを一番必要としているのは誰かを考え始めた。(第9話を読む)
この強みを、一番必要としているのは、誰なんだろう。
ノートの「うちが選ばれてきた理由」のページを、何日も眺めた。
頭の中で考えても、顔の見えない「誰か」しか浮かばない。
ふと、気づいた。
強みは、過去の仕事の中から見つかった。
だったら、相手も、過去の仕事の中にいるんじゃないか。
妻に頼んで、過去五年分の受注の記録を出してもらった。
「五年分? 全部?」
「全部」
数日後、机に積まれた資料は、思ったより分厚かった。
「よくこれだけ受けてきたね」と妻が笑った。
本当に、何でも受けてきたんだな、と私も思った。
夜の事務所で、一件ずつノートに書き写していく。
取引先ごとに、三つのことを並べた。
利益がどれだけ残ったか。取引が続いているか。どれだけ手がかかったか。
単純な作業だ。
でも、できあがった表を眺めて、私は言葉を失った。
きれいに、分かれていた。
利益が残っている取引先は、繰り返し注文をくれて、手もかかっていない。
一方で、手間ばかりかかって、利益がほとんど残っていない仕事が――数えてみると、半分近くあった。
低単価の仕事。突発の仕事。値段だけで決まった仕事。
忙しさの正体は、これだったのか。
ベテランの職人の言葉を思い出す。
場当たり的な対応に、現場は疲弊している――。
あの言葉が、表の上でも証明されてしまった。
ノートの最初のページを開く。
あの夜書き出した、三つの問題。「仕事量に比べて、利益が少ない」。
その答えも、この表の中にあった。
そして、もう一つ。
利益が残っている取引先には、共通点があった。
試作の段階から相談してくれる会社は、図面をそのまま加工してほしい会社ではなかった。
一緒に考えてほしい会社だった。
「もっと上流のことをお願いできたら」
あの担当者の言葉と、また、つながった。
うちの強みを一番必要としてくれるのは、こういう相手なんだ。
答えは出た。
でも、ここからが進まなかった。
この相手に絞る、ということは。
表の下半分――低単価や突発の仕事を、これからは断る、ということだ。
ペンが止まった。
この表の下半分にも、何年も付き合ってきた会社がある。
担当者の顔も浮かぶ。
困った時には助けてもらった会社もある。
本当に断れるのか。
少額でも、利益は利益だ。
断った分の売上は、誰も保証してくれない。
ただでさえ、発注の三割が消えるのに。
断れずに何でも受けてきたから、今のうちがある。
そう思っていた。いや、そう思いたかった。
その夜は、決められなかった。
布団に入っても、表の下半分が頭から離れない。
眠れないまま、妻に聞かれた言葉を思い出した。
「ラーメン屋の頃は、どういう店にしたかったの?」
お客さんに喜んでもらえて、長く愛される会社。
あのとき、そう答えたはずだ。
表の下半分の仕事は、どうだろう。
現場は疲れ、利益は残らず、次にもつながらない。
誰も、幸せになっていない。
翌朝、事務所で、ノートに新しいページを作った。
「受けない仕事の基準」
書いた瞬間、少しだけ手が震えた。
会社を継いでから五年間、私は「何を受けるか」ばかり考えてきた。
「何を受けないか」を決めたのは、初めてだった。
決めるとは、こういうことなのか。
怖さは、消えていない。
それでも、目指す相手はようやく決まった。
試作の段階から相談してくれる、あの担当者のような相手だ。
でも、待てよ。
そういう相手は、うちの存在をまだ知らない。
ホームページを作り直せばいいのか?
また展示会なのか。ECなのか。
……いや。
そもそも、それで本当に届くのか。
この相手に、うちをどう知ってもらえばいいんだろう。
今日の主人公のノート
□ 分かったこと
・決めるとは、捨てる方を決めることだった
・利益が残る取引先は、試作の段階から相談してくれる相手だった
□ まだ分からないこと
・その相手に、うちをどう知ってもらうか
□ 次にやること
・ホームページ・EC・展示会——妻の「全部やめない?」に、答えを出す
次回予告
届けたい相手が決まり、ホームページ・EC・展示会——妻の「全部やめない?」への答えを出しに行く恒一。そこで待っていたのは、友人からの二度目のダメ出しでした。
運営者の実体験はこちら
私も、「誰に売るか」を決めることには、売上の入り口を自分から狭めてしまうような怖さがありました。
けれど実際には、それを決めた会社ほど、その後の集客や営業から迷いが消えていきました。断る怖さの先で何が変わるのか、現場で見てきた経験をまとめています。
あなたの経験をお聞かせください
あなたの会社には、「受けない仕事」の基準はありますか。
仕事を絞ると決めた経験も、断れずに現場が疲弊した経験も、同じ悩みを持つ経営者の力になります。ぜひ聞かせてください。

