※この物語は、小規模製造業で実際によくある課題や経験をもとに再構成したフィクションです。
前回まで:発注減を正直に打ち明けてから同じ質問をすると、社員の反応はまるで違った。伝える順番の大切さに気づいた恒一は、今度こそ一人ひとりの話を聞こうと決めた。(第8話を読む)
以前の私なら、翌朝から順番に社員を呼び出していた。
でも今回は、聞く前に考えることにした。
会議室で誰も答えられなかった「うちの強みは何ですか」を、一対一で繰り返しても、きっと同じことになる。
何を聞けば、答えてもらえるのか。
ノートに質問を書き出しては消して、また書いた。
残ったのは、この三つだった。
「印象に残っている仕事は何ですか」
「お客さんに感謝されたことはありますか」
「やりにくかった仕事は何ですか」
意見を聞くのではなく、あったことを聞く。
それなら、答えられるはずだ。
翌日から、休憩室で一人ずつ話を聞いた。
「面接みたいですね」と苦笑いされながら、一人三十分。
質問を変えた効果は、すぐに出た。
若手の社員が、こんな話をしてくれた。
「感謝されたこと……そういえば前に、急ぎの試作で図面の穴の位置がおかしかったことがあって。先輩がすぐ気づいて、先方に電話したんです。あのまま作ってたら、全部作り直しでした。先方の担当さん、ものすごく助かったって」
初めて聞く話だった。
「そういうことって、よくあるの?」
「え、そんなの当たり前ですよ。図面をもらったら、先輩たちはまず、おかしいところがないか見ますから」
当たり前、なのか。
社長の私が、知らなかった。
別の社員からは、こんな話も出た。
「うち、急ぎの仕事をほとんど断らないじゃないですか。あれ、他所だと普通に断られるらしいですよ。お客さんが言ってました」
何でも受けてきたことが、現場を疲れさせてきた。
それは事実だ。
でも、その無茶を受け止めて、形にしてきたのも現場だった。
最後は、ベテランの職人だった。
彼は休憩室に入ってくると、何も言わずに、分厚いファイルを机に置いた。
「これは?」
「段取りの記録です」
開くと、細かい字がびっしりと並んでいた。
材料ごとの癖。機械の調子が変わる条件。
うまくいった段取りと、失敗した段取り。
入社してから、三十五年分。
メモを取る姿は、見たことがあった。
でも、中身をちゃんと見たのは初めてだった。
「職人の勘で、やっているんだと思っていました」
「勘なんて当てになりませんよ。だから、書くんです」
急な仕事でも品質が落ちなかったのは、魔法でも何でもなかった。
この記録があって、若手がこれを見て育っていたからだ。
その夜、事務所でノートを開いた。
聞いた話を、一つずつ書き出していく。
・図面の不備に、作る前に気づいて直してきた
・急な依頼を、断らずに形にしてきた
・段取りと品質のコツを、勘ではなく記録で残してきた
書きながら、手が止まった。
これは、あの担当者の言葉と同じじゃないか。
「どんな案件でも、まずは出来る前提で考えていただける」
「技術力と品質も素晴らしい」
あの言葉の理由が、全部ここにあった。
私はずっと、強みは「作るもの」だと思っていた。
何か新しいことを始めて、他所にない何かを、これから作るのだと。
違った。
強みは、新しく作るものじゃない。選ばれてきた理由の中に、もうあったんだ。
ノートの新しいページの一番上に、「うちが選ばれてきた理由」と書いて、線を引いた。
眺めていると、少しだけ誇らしかった。
でも、浮かれてはいられない。発注の三割が減る日は、もう目の前に迫っている。
ここに書いたのは、今の取引先がうちを選んでくれた理由だ。
これから新しい仕事を探すなら、次に選んでくれる相手を見つけなければならない。
この強みを、一番必要としているのは、誰なんだろう。
今日の主人公のノート
□ 分かったこと
・強みは、新しく作るものではなく、選ばれてきた理由の中にあった
・現場の「当たり前」の中に、社長の私が知らない価値が眠っていた
□ まだ分からないこと
・この強みを、一番必要としているのは誰なのか
□ 次にやること
・どんなお客さんに喜ばれてきたのか、過去の仕事を振り返る
次回予告
強みを一番必要としてくれる相手を探すため、過去五年分の仕事を振り返る恒一。数字を並べ直した先に見えてきたのは、目をそらしたくなる事実でした。
▶ 第10話:過去の受注を並べ直したら、「断るべき仕事」が見えてきた
運営者の実体験はこちら
私も以前は、「新しい強みを作らなければ選ばれない」と考えていました。
しかし実際には、すでに選んでくださっているお客様との取引を振り返ることで、自社の価値が見えてきました。
▶ 実績記事:新規開拓より成果が出た。既存顧客を深掘りするという考え方
あなたの経験をお聞かせください
あなたの会社には、現場では「当たり前」になっているけれど、外から見れば価値のある仕事はありますか。
社員やお客様の一言で、初めて自社の強みに気づいた経験があれば、ぜひ聞かせてください。

